15年前の記憶をたどるトクナガです。
'95/01/17の朝、普通に出勤した。
事務所につくと、所長から「関西は大変だね」と聞く。
なんだろ?と聞くと、なんでも大きな地震があったとか。
そうなんだ。地震か。
その時は普通に起きている地震が、関西で起きた程度しか認識がなかった。
午前中の東京FMでも、その地震についてひっきりなしに最新情報を伝えている。
ん?これはただ事じゃないのか?
お昼のニュースでようやくその地震の映像が伝えられた。
あの高速道路が横倒しになった映像だ。
これは~すさまじい。
ただ事じゃないな。
午後は仕事などせず、ずーっとニュースを見てました。
この頃まだインターネットは普及しておらず、Windows95の発売はこの年の11月だ。
よって情報といえば、TVかラジオしかない。
徐々に地震の被害が伝えられ始め、この地震がここ最近なかったほどの規模だと認識する。
後年名付けられた「阪神・淡路大震災」(兵庫県南部地震)
この地震により関西へ行く手段がなくなり、私も3月になりようやく現場に行く事が出来ました。
3月初旬に行ったと記憶してますが、まだ新幹線は復旧しておらず、飛行機を利用しました。
その時見た光景は、復旧への第一歩として撤去解体作業の真っ最中でした。
また街角のあちこちで、ケータイ電話を売る屋台みたいなのがいっぱいありましたね。
あの地震で、ケータイが一気に普及したと言っても良いのではないか。
最近の神戸。
どうでしょう?
春に行ってみようかな。
あの時の写真を持って。
東京もいつああなってもおかしくないと思うトクナガなのでした。
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